心箋【デカルト哲学】我思う故に我あり
こんにちは!心食セラピストのhifumiです。
栄養学、心理学、量子力学、哲学、生理学をベースに、
食べ物、飲み物等から主に心や身体の不調改善を提案する【食箋】
心理学、哲学等から主に心の不調改善を提案する【心箋】
生理学、量子力学等から主に身体の不調改善を提案する【身箋】
をご提供します。
さて、今日はフランスの哲学者デカルトの有名な言葉、「我思う故に我あり」についてお話しします。
デカルトは『すべての意識内容は疑いえても、意識そのもの、意識する自分の存在は疑うことができない』という事に気づき、「我思う故に我あり」という言葉を残しました。
「疑いようのない真実」を見つけるために全てを疑いまくったのです。
だからこそ彼は、
【自分の思考や理性、感覚は幻覚かもしれない。錯覚かもしれない。しかし、それらを疑っている自分が存在しているのは間違いのない事実である。】
ことを発見したのです。
〜当時わたしは、ただ真理の探求にのみ携わりたいと望んでいたので、(中略)ほんの少しでも疑いをかけうるものは全部、絶対的に誤りとして廃棄すべきであり、その後で、わたしの信念のなかにまったく疑いえない何かが残るかどうかを見きわめねばならない、と考えた。(第4部)〜
〜「わたしは考える、ゆえに私は存在する」というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した。(第4部)〜
考える自分を疑っても、またそんな自分を考えている自分がいる…。
そしてまた、そんな自分を疑う自分の存在を考える…。
このように「今考えている自分、今疑っている自意識」の存在だけは、どうしても疑う事ができない事に気がついたのです。
それが「我思う故に我あり」なのです。
…と、今日はここまで。
読んでくださり、ありがとうございました!